総資産3億超えのネット系ビジネスマン”ハヤト”の人生の全てを書こうか

総資産3億超えのネット系ビジネスマン”ハヤト”の人生の全てを書こうか

 

 

初めまして!ハヤトといいます♪

 

 

僕の名前は『ハヤト』と申します。

(ハヤトのブログのトップページはこちら!→【ハヤトのブログ】)

 

 

1997年2月生まれの23歳で(2019年12月現在)、大阪にある国公立大学に通う工学部の理系男子です。

 

 

僕は今年(2016年)の春にネットビジネスと出会い、ビジネス系の情報商材に100万円以上も投資して勉強しまくった結果、【ビジネスのプロ】だと名乗っても良いんじゃないかというレベルにまでビジネス脳が発達しました。

 

 

現在は、ビジネス系の情報発信を重ねることで、僕が学んできた知識・情報を多くの人に触れてもらい、「お金を稼ぐ」という概念をアップデートして、自分に最適な生き方・ワークバランスを実現する手助けができればという思いで活動しています。

 

 

しかしながらですねぇ。
「は?見ず知らずのお前を信用するわけなくね?!」
「顔出しもせず本名も出さずに虫が良すぎるぞ!」
「ほんまにちゃんとした情報を発信している保証もないしな・・・・」
なんて声も上がると思います。(笑)

 

 

まぁ、当然ですよね(#^^#)
僕がみなさんの立場だったら、この段階では絶対にこいつのこと信用せえへんww

 

 

なので、少しでも信用してもらえるように、僕がネットビジネスと出会い、100万円以上の投資をするようになるまでの、これまでの人生をレポートにして書いていきたいと思います。

 

 

僕の名刺代わりのレポートになりますので、僕に対する信頼が揺らいだときには、いつでも何回でも読んでもらいたいなぁ~と。(^^♪

 

 

それでは、レッツゴー!

 

 

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小学生編

 

 

先ほども書きましたけど、僕『ハヤト』は、1997年の2月に大阪の平野区で産声を上げました。

 

 

生まれてから数年経って岸和田市に引っ越し、そこから今現在までずっと岸和田で生活しております。

 

 

僕は一人っ子で、両親と僕の三人家族です。

 

 

兄弟のいる友達から「兄弟おらんのって寂しくないん?」と、これまで数え切れんくらい言われてきましたけど、全然寂しくないっすw

むしろ「一人サイコー!!」って感じ(^.^)/~~~

 

 

精神的に楽すぎるし、開放感ハンパないし、自分のやりたいことに没頭できるし、メリットしかなくて逆に不安になるレベル(笑)

 

 

思えば、「寂しさ」ってマジでこれまで一回も感じたことないかも….?
よくいますよねぇ。
「友達と常に連絡を取っていないと不安….」
「すぐにLINEが返ってこないとイライラする!」
「毎週友達とご飯に行かないと寂しいの(+o+)」
って人。

 

 

僕にはこうした「誰かと一緒にいなきゃ生きていけない!」という価値観・概念は全くありません。

 

 

否定はしたくないですけどね。
どんな価値観であれ、あまりにも常軌を逸していない限りは尊重されるべきだと思っているので、自分には無い価値観でも出来るだけ受け入れるようにしています。(/・ω・)/

 

 

つまりは、僕は【孤独を愛する人間】だということです。

 

 

こういった性格だからこそ、部屋に一人で籠っていてもPC一台で完結する<<ネットビジネス>>が向いていたんでしょうけど(笑)

 

 

小学校・中学校・高校のこの6・3・3の計12年間は、ほんまになーんにも特筆すべき点はございませんww

”ザ・普通”の12年間を過ごしておりました♪

特徴が無さ過ぎて、小学生の記憶なんてほぼないっすもんww

 

 

まぁ、そんなこと言ってたら、ここに書くことなんか何にも無くて、みなさんに僕の人生・人となりを一切伝えられずに、「胡散臭いきっしょいビジネス野郎」というみなさんの僕に対する印象がこれっぽっちも改善されないので、頑張って書いてみたいと思いまーす。(笑)

 

 

僕が勝手に”ザ・普通”って思ってるだけで、みなさんから見ると
「え?全然普通じゃなくない?!」
「結構、特筆すべき点あるくない??」
「私の人生より格段に面白いんですけど~!」
って思ってくれることもひょっとしたらあるかもしれませんので、それを期待しつつ書きます。

 

 

精いっぱい脳みそをグルグルさせて。。。

 

 

(・´з`・)(・´з`・)(・´з`・)(・´з`・)(・´з`・)

 

 

あ、そうや!!
6年生の冬、もうちょっとで卒業やでーってときに、友達と遊びに行った公園の遊具から転落して、左腕の骨を骨折したことがありましたわ(笑)

 

 

みなさんも自身の腕を触って確認してほしいんですけど、手と肘の間に二本の大きな骨があるでしょ?!

 

 

普通、「腕を骨折した」って言ったら、その二本の骨の内のどちらか一本の骨が折れたって意味らしいんですけど、僕はそのとき二本両方とも折れてまいまして。。。w

 

 

「めずらしいなぁ~」と、主治医の先生からも言われちゃいましたね。(*^▽^*)

 

 

意外と重症なようで手術をしなければならず、一週間くらい入院することになって、そのときが人生初の”入院&全身麻酔での手術”でした。(*^_^*)

 

 

卒業式には何とか出席することができましたけど、ギブスをしながらの卒業証書授与は、そこそこ恥ずかしかったっすww

 

 

あ、あとあれもあったわ。そうそう。
5年生のときの読書の時間で、みんなが沈黙して本と向き合ってるときに、我慢できず超特大の屁をこいたwwww

 

 

”死んだ方がマシ”レベルで恥ずかしかったっすwww
「よく自殺せずに生きてこれたなぁ~」って今でも不思議に思います。

 

 

また”5年生”ってのが絶妙じゃないですか?!
<無邪気さが満載の子ども>ってわけでもないので、多少は大人の対応とかクールな振る舞いとかができる年代なんで、クラスメイト全員が僕の肛門による絶叫を聞いていたはずなのに、誰も触れてこないという(笑)

 

 

「いや、誰か触れてきて~」
「笑い話のネタにしてくれーー」
「つらい。逆にこれはつらいぞぉぉ」
「君たちの気遣いが俺の心臓撃ち抜いてるぞぉぉ!」
って心の中のリトルハヤトは叫んでおりましたw

 

 

こんな印象的すぎる出来事を忘れていたとは。
あぶねぇあぶねぇ。(^.^)

人間の【忘れる】という機能は、良くも悪くもすんごいものがありますねぇ。

 

 

とまあこんなくらいが、小学生の僕のお話としてご紹介しておきましょうか。(笑)

これ以外のトピックは本当に記憶がないのでね。。。(^^♪

 

 

中学生編

 

 

それじゃ、中学生の話に移行しましょうかね。

 

 

中学のときは勉強を頑張ってた印象が強いですな。

一年生のときの一学期の期末テストで500満点中320点くらいで、5教科の総合点ではめちゃくちゃ悪いってわけでもなかったんですけど、英語の出来がまーあひどかった(笑)

なんとかA~Zまで書けるものの、”Apple”とか”Orange”すら全くちゃんと書けないレベルww

 

 

そのときの英語のテストの答案用紙を見て、「これは塾に行かせた方がええなぁ。」って思ったであろう母親が、近所の第一ゼ〇ナールに僕を連れて行きました。

 

 

その当時の僕には【自分の意見】というものがなくて、母親から「塾に行きなさい」と言われた時も
特に反論することなく塾に通いましたし、塾の先生から「〇〇しなさい」って課された宿題なんかも
すんなりと受け入れてやることができていましたね。(今の僕なら絶対にできないけど。)

 

 

”素直”と言えば聞こえはいいでしょうが、単に強い意志を持っていなかった弱い人間だったということです。。。

 

 

その甲斐あってか、2学期の中間テストでは500満点中450点くらいを取ることができて、前回140位くらいだった学年順位が一気に9位に上昇しました。

 

 

僕の人生の中でも相当上位にランクインする成功体験でしたね。

 

 

「おぉ~、伸びた伸びたーー!」
「なるほどなぁ、頑張れば結果って出るんやぁ。」
という初めての体験でしたね。

 

 

その後も学年順位は上位をキープし続けられたので、地元でも有数の進学校に進学することができました。

 

 

ちなみに、中学の時の僕はソフトテニス部に所属しておりました。

先輩や後輩の代はせいぜい5,6人程度しかいなかったのに、僕らの代で18人も入部するという「体内にテニス大好きワクチンでも注射されたんかな?」って思ってまうような現象が起きましてww

 

 

僕らの代だけ人数があまりにも多かったんで、「仲間がこんなにもたくさんいるぜ!」「味方が多くて安心感ハンパねえぇ!!」みたいな謎の感覚がありましたね。(笑)

 

 

なので、3年の夏に引退するまで、特に「キツイなぁ~」と思うこともなく、終始楽しさしか感じない充実した部活動でした♪

 

 

3年の春の市大会では、運が良かっただけですけど団体戦で優勝したりなんかして、多少の実績も残せちゃいました。(=^・^=)

 

 

あれ??
自分では全然意識したことなんかなかったけど、勉強面でも運動面でもそこそこ充実していた。。。(笑)

 

 

字面にして客観視したら、自惚れてるわけではなく充実しているのがわかるのに、女性には全くモテませんでした。(‘_’)

 

 

なんでなんやろう??
中学生って、勉強か運動のどちらかができてたらモテるもんなんちゃうっけか?

 

 

もしかしたら、そのどちらの実績も吹き飛ばしてまうくらい、僕の人間としての魅力がなかったのか。。。
それともルックスがひどすぎたのか。。。
性格が地獄落ち確定レベルの有様やったのか。。。

 

 

これだけは字面で客観視できそうにないっすわ・・・・(笑)

 

 

はい、中学生編はこんなもんで。

 

 

高校生編

 

 

ハヤト君も高校生になれました!

 

 

小学校・中学校は、たまたまある一定範囲の居住区に住んでいるってだけで、同じところに通わされるわけですから、ほとんどが顔見知りの子だらけでしたけど、高校はそうはいきませんよね?!

 

 

”入試”という関門を突破してきた精鋭が集まっているので、逆に顔見知りの人がほとんどいない状態・・・・

生まれて初めての状況に置かれて、入学して一ヶ月くらいはビクビクしておりました。。。

 

 

休み時間も机に座って大人しくしてましたし、お昼休憩のときも、「なぁなぁ、一緒に弁当食おうぜ!」なんてクラスメイトに声を掛けることもできず、一人でちびちび食べるという。。。

ほんま4月は全然楽しくなかったなぁ。(T_T)

 

 

それでも毎日学校に通ってると、徐々にクラスメイト達と打ち解けてくるのが自然な流れでしてね・・・・

 

 

まあ”慣れ”っちゅうやつですわ。
高校生活にだんだんと慣れてきまして、ぎこちなくしゃべってたクラスメイトとも、毎日顔を合わせるわけですから、自然とストレスなくコミュニケーションを取れるようになり、授業にも慣れてきて、先生たちの顔と名前が一致したり、入学当初のビクビクしていたハヤト君も、5月の中旬くらいにはすっかり消え失せておりました。(*^^*)

 

 

高校生になっても、”定期テストにしっかり取り組む”っていう中学のときの癖が抜けていなくて、卒業するまで定期テストの出来は良かったです。

 

 

ただ、実力テストは散々でしたけど。。。ww
(これも中学生のときからそう)

 

 

定期テストは、出題範囲が明確に決まっているので暗記ゲーじゃないですか?

なので割と点数を出せていましたけど、実力テストってちゃんとした出題範囲があるわけでもなく、本当の学力が測られるので、表面的な部分を丸暗記して難を凌ぎ、本質的な部分を何にも理解していない、浅薄かつ本当の意味での学力が身に付いていないハヤト君には、実力テストで高得点を取ることはどうしてもできませんでしたね。

 

 

これが後々一浪することに繋がっちゃうわけですが、それについては後ほど詳しく。。。

 

 

さて、高校生活にすっかり順応することができ、一学期が終了して夏休みに突入してすぐの時期、僕の人生における<<一つ目の大事件>>が起こります。

 

 

それは・・・・

 

 

父親がギャンブルによって3000万円もの借金を作ったのです!

 

 

いや、マジで衝撃やったなぁ・・・・
衝撃が強すぎて実感もなかったし、聞かされてときはしばらく無感情でしたもん。

 

 

あ、そうか。
父親のことをあんまり話してなかったか・・・・

 

 

てか、母親のことも話してなかったか・・・・
いやそもそも、家族のこと何も話してなかったですね。(笑)

 

 

僕の父親はサラリーマンをしておりまして(現在進行形で)、いわゆる”労働者”っちゅうやつです。

母親は専業主婦でずっと家におりまして、父親は僕が小学校の高学年のときから、九州の方に単身赴任に行っていて、一年のうちほんの数日しか帰ってこないので、実質的に僕と母親の2人暮らし状態でした。

 

 

母親は責任感が強く、完璧主義者だったため、「私がしっかりハヤトを育てなくては!」という思いが強かったんでしょうね。

 

 

先述した、「僕のひどすぎる英語の解答用紙を見て、僕の学力に危機感を覚え、塾に通わせた。」という出来事に代表されるように、僕の将来を思っての、僕に対する熱心な教育を一貫して施してくれていました。

 

 

厳しいところが多かったですけど、誕生日やクリスマスには、僕が欲しがっていたゲームやウォークマンなんかをプレゼントしてくれたり、ほどよくアメを用意してくれていて、振り返ってみたら、めちゃくちゃしっかり”母親”をやってくれていて、感謝しかないですね。

 

 

当時は反抗期も相まって、嫌悪感しか抱いていなかったですけど。(笑)

 

 

そんな僕の母親と父親ですが、親同士の仲は死ぬほど悪かったですw

 

 

僕が物心ついたときからしょっちゅう喧嘩してましたし、父親が単身赴任で九州に行く前まで、喧嘩していた記憶しかないですもん。(´・ω・)

 

 

口喧嘩がほとんどでしたけど、ごくごくたまーに父親が手を上げていたこともあり、母親のおでこが腫れていたり、「ハヤト助けて!」という母親の叫び声で目が覚めたりと、そういった類の体験もありましたね。。。

まぁ、99%父親が悪いんですけどね。(笑)

 

 

そんなハチャメチャな父親でしたけど、僕に対しては一切手を上げたことはなくて、むしろ仕事が休みの日には遊びに連れて行ってくれたり、一緒にゲームをしてくれたり、父親としての振る舞いはちゃんとしてくれていました。

 

 

そんな僕への愛情の半分でもいいから、奥さんである母親に注いであげてくれていたらよかったのになぁって思ってしまいますけど、そんな簡単に割り切れるものでもないんでしょうね。

夫婦の関係は親子のそれとは別物なんやろなぁと、22歳の小便臭いガキは考察しておきます。(笑)

 

 

あと、親同士のギクシャクとは正反対に、おじいちゃんとおばあちゃんは仲が良くて、僕も二人のことはずっと大好きです!

みなさんもそうだと思いますが、とにかく甘やかしてくれますよね(笑)

ばあちゃんももちろん大好きですけど、僕は特にじいちゃんに懐いていました。

 

 

欲しいおもちゃは何でも買ってくれましたし、「ご飯どうする?」ってときも、常に僕の意見を最優先してくれましたし、膝が悪くて歩くのも辛いはずなのに、よく僕を公園なんかにも連れて行ってくれて・・・・

その他にも、挙げればキリがないくらい僕に良くしてくれていました。

 

 

そんなじいちゃんが、3年半くらい前に死んじゃいまして、、、、

 

 

本当に悲しかった。。。
人生で初めて心の底から悲しい思いをしましたね。

 

 

それでも僕は生きているわけですから、これからもじいちゃんへの感謝と愛を忘れず、まだ生きてくれているばあちゃんを大切にしながら、生きて行きますぜーーー!

 

 

少しでもじいちゃんが生きていたことを残したくて、ここに書いてみました。

 

 

最後に、じいちゃんへの感謝を叫びます。

 

 

一夫じいちゃん、愛してくれてありがとうーーーー!!!

俺もじいちゃんのこと、何回生まれ変わっても愛してるからなーーー!!!!

 

 

無理やり僕の感傷に付き合わせてしまってすみませんww

話を戻しましょうか♪

ん?何の話やったっけか??w

 

 

そうやそうや。

父親の借金の話でしたね。

 

 

破天荒な父親ってのは僕も十分わかっておりましたが、今回の3000万円の借金に関してはレベチ中のレベチでありまして。

 

 

元々一軒家に住んでいたんですけど、家のローンとか言ってる場合じゃないし、決して裕福とは言えない家族でしたんで、あえなく自己破産。

 

 

詳しいことはわかりませんけど(あえて僕には伝えないようにしていたんでしょうが)、住んでいた家を手放し、アパートに引っ越して、生活する場所が変わった以外は、大した変化もなく今のところは暮らせています。

 

 

初めて引っ越し先のアパートを訪れた時の母親の言葉が頭に残っております。

 

 

「コンパクトになった方が暮らしやすいよな。」
「前から家が広すぎるな~って思っててん。」
「駅からも近いし、引っ越して正解やな!」
って。

 

 

そのときの僕はもう高校生でしたからねぇ。
「俺に余計な不安とか心配をかけんように、あえて無理やり強がってるんやなぁ。」
って嫌でもわかります。

 

 

僕に対してはきっちり父親をしてくれてましたんで、”嫌い”って感情は父親に対して全くないですけど、この借金を含めて、結婚してから数えきれないくらい母親を傷つけ続けているので、人としては全く尊敬できませんね。(笑)

 

 

しかしながら、高校生の僕にどうにかできる問題でもなく、一応直接的な不自由はなく生活できていたので、普段通りに高校に通っておりました。

 

 

なんかだいぶ重たい話になってしまったので(笑)、ここらで僕の高校生活に話を戻しましょうか。

 

 

中学の頃はソフトテニス部に入っていた僕でしたけど、高校生になると部活に入る気力が謎に湧かず、帰宅部としてブイブイ言わせてました。(ごめん、ブイブイは嘘)

 

 

学校と家の往復の毎日で、たまーに同じクラスの軽音部のやつらとカラオケ行ったりボーリングしたりっていう生活。(うちの軽音部は理解不能なくらいのゆるゆる体質で、週に一回くらいしか活動してなかったからほぼ帰宅部w)

 

 

まぁでも全然楽しかったですよ。
人間関係で悩むこともなくて、特に2年生のときのクラスなんて、めちゃくちゃ人間関係サイコーやった。

仲良いグループとかクラス内になかったですもん。

特定の何人かとかじゃなくて、クラスの男子全員が仲良かったんでね。

学校終わりにほぼ全員でご飯食べに行ったりとか、ボーリング大会を開催したりなんかしてね。

 

 

ん?甘酸っぱい青春??
・・・・聞かないでくれ( 一一)

 

 

中学で全くモテなかったからさぁ。
高校では、そりゃあ期待したのよ。

 

 

「さすがに高校では何かしらあるっしょ!」
「制服デートしたり、文化祭で良い感じになれたり、体育祭で好きな子から告白されたり・・・・」
「夢が膨らむのう~<^!^>」
とか思いながら青い春を待ってたのに。。。

 

 

「あっ、期待するだけ無駄やわ!」
って気付くのに、時間はそうかかりませんでしたわ。。。www

 

 

そんな感じで高校生活を過ごし、3年生のときは、ひたすら受験勉強三昧。

先にちょろっと書きましたけど、僕が通っていた高校は進学校だったので、受験勉強に関してめっちゃうるさかったですね。

 

 

「2年生の3学期は3年生の0学期やで!」
「この一年頑張れるかで人生が決まる!」
「この夏こそ天王山!夏を頑張れないものに合格はない!!」
みたいなことを何回も言われるわけでね。

 

 

そういった先生の言葉がどうってよりも、周りの友達がやってたから僕も受験勉強してたって側面が強かったです。

 

 

中学のときとは打って変わって、高校生のときには塾には通っていませんでした。

なので全て自分でどうにかするしかなく、第一志望は神戸大学だったこともあって、より一層自分を律して受験対策をしなくちゃいけなかったのに、現役のときの僕の勉強態度はほんまになめてました。(*´з`)

 

 

机の前に座っていてもたいして集中力もなく、スマホに手を伸ばしっぱなしやったり、「糖分補給や!」と適当に理由をつけて、何回も近くのコンビニに行って時間を浪費したり、自分が受験する大学の傾向と対策にほとんどと言っていいほど時間を割かなかったり、コスパ良く勉強しようとして何冊もの参考書に浮気をしたり・・・・etc

 

 

こんなもん受かるわけないっしょ?(笑)

言わずもがな、みなさんの期待通りに、受けた大学全てに落ち、あっけなく浪人生活に突入いたします。

 

 

浪人生編

 

現役での受験に失敗した僕は、天王寺にある河合塾という予備校に通うことになります。

そこには高校の時に仲が良かった友達が何人かいて、同じクラスの子も先生方も優しくて、居心地の良い場所でした。

 

 

現役の頃は少し背伸びしすぎたっていうか、自分の実力以上の大学を志望してもうたなぁ~
という自分なりの分析をし、”浪人生は現役生ほど成績の伸びが少ない”という先生たちのお話も加味して、浪人のときは第一志望のランクを落としました。

 

 

かといって、本当に最低なんですけど、浪人しても勉強に身が入らなくて、授業で出された宿題はなんとか終わらせるレベルで、自分で空いた時間に参考書の問題を解いてみるとか、電車の中とか寝る前とかのスキマ時間に英単語を一つでも多く覚えるといったような、受験生として当然のタスクからも逃げておりました。

 

 

僕の予備校に通うための費用は、母親が僕が生まれてから毎月コツコツ貯めていたへそくりのようななけなしの貯金をほぼ全額使って捻出してくれたものでした。

 

 

それなのに、僕は受験勉強に真剣に向き合うこともせず、やらされている感満載の態度で勉強し、「めんどくせぇ~」と思いながら、毎日毎日予備校に通っていたのです。

 

 

この文章を自分で書いていて思います。
とんだクソ野郎やなぁって。(笑)

 

 

「そんなに勉強嫌やったら受験なんか辞めたらええのに。」
って、みなさんお思いのことでしょうね。

 

 

はい、僕もそう思います。w(-。-)y-゜゜゜

 

 

ただですね~。
その当時の僕は将来やりたい仕事もなく、社会に出てお金を稼いで税金を納めるということが、どこか他人事であまり自分のこととして捉えられず、”大学に進学することが当たり前”という環境に高校1年生15歳のころから身を置いていたせいか、クソみたいに無気力な毎日を送っていたくせに、「自分は正しい行いをしている!」という勘違いをしていて、もうマジでどうしようもない状態やったんですよ。

 

 

自分がやりたいとか目指したいと思ったことではないけれども、”常識”やし”当たり前”やし”当然”やし、仕方がない。どうしようもない。
そう思い込んでいたわけですね。

まぁ、何の言い訳にもならないんですけど。。。

 

 

この浪人生活での僕の一番のビッグイベントは、アイドルヲタクと化したことですね。(笑)

勉強そっちのけで乃木坂46にのめり込んでしまいましたww

 

 

みなさんも経験ありやと思いますけど、「自分の意志で望んだことじゃない」そんなタスクを課されているときって、心の癒し・オアシスのようなものを求めちゃいますよね?!

 

 

しばらくはそれが見つけられてなかったんですけど、ある日、コンビニに立ち寄ったとき、少年誌の表紙を飾っていた女の子に目が留まりました。

 

 

「この人、めっちゃかわいいなぁ。」と興味を持ち、その雑誌を開いてみると、「へぇ~。齋藤飛鳥って名前なんや。」「アイドル?乃木坂46?」「あ~。AKBの公式ライバルとかなんとか言うとったなぁ。」

 

 

スマホで”乃木坂46”を検索してみると、「他のメンバーもめっちゃかわいいやん!」「YouTubeで動画漁ってみるか。」ってなって、乃木坂について知識が増えていくにつれて、あっという間にヲタクに生まれ変わりましたww

 

 

乃木坂の動画を観るためだけに生きてましたね。
あの頃は。

 

 

寝ても覚めても乃木坂のことばっか考えてましたし、予備校での授業中も勉強のことよりも乃木坂のことをノートに板書したいレベル(笑)

「いや、マジで勉強しろや」って感じですけど、当時の僕の心の支えでしたね。

 

 

”乃木坂46”という存在があったからこそ、なんとかサボることなく予備校に通えていましたし、ストレスを溜めすぎて発狂することもなかったのかなぁと。

 

 

おかげで第一志望の大学に合格できましたし、母親も喜んでくれていたので、とりあえずは良かったと言うか、ホッとしました。(*^^*)

 

 

もし乃木坂にハマっていなかったら、僕はどうなってたんやろ?

多分、受験勉強から逃げに逃げ続けて、予備校に通うこともやめてたんじゃないかな?!

 

 

そう考えると、人生の禍福ってわかりませんなぁ。

まさしく【人間万事塞翁が馬】ですな!
(うっさいだまれ)

 

 

大学生編

 

多少の遠回りはしましたが、ハヤト君も晴れて大学生となれました。

一つ年齢を重ねてからの新入生なので、同級生は基本的に年下ということになります。

これも初めての経験だったので、高校の時と同様、最初はビクビクしてました。

 

 

しかし、僕が思ってた以上に同学年に浪人の人が多くて、最初はその浪人組と仲良くしているうちに年下の同期の子とも仲良くなることができて、結局慣れればなんてことなくなりましたね。

 

 

僕は理系やったんですけど、1年の前期の実験がまーじでダルかったw

実験そのものもダルかったですけど、その実験に関するレポートがキツかったのよ。。。

 

 

というのも、一人厄介な教授がいましてね。
とにかく細かい細かい(笑)

有効数字に対して、小数点以下の0の数が一つでもずれていたら、そのレポートを受け取ってもらえず返却され、実験の考察のバリエーションが乏しかったら、「深みがない!」ってのでまた返却され。。。

 

 

いや~、我ながらよく乗り越えたよ(笑)

 

 

それと、ほとんどの大学でそうやと思うけど、一回生と二回生のときって、なんであんなに自分の専攻と関係のない科目ばっかり取らされるのか。。。

 

 

僕の場合だと、僕の専攻は情報系いわゆるプログラミングとかなんですけど、”一般教養”とかよーわからん名目で、やれ心理学を取らされ、やれ環境問題を取らされ・・・・

 

 

「いや、それ要る?」
「その時間Javaとかやってる方が建設的じゃね?!」
って何度思ったことかw

 

 

それが国の定めたカリキュラムって言われたらそれまでかもしれませんけど、ん~なかなか疑問が拭えませんなぁ。

 

 

あと、第二言語とかいる?w

 

 

第一言語の英語すらろくに使いこなせてないのに、第二言語(僕の場合は中国語)なんて身に付くはずないってw
絶対すぐ忘れるって。(笑)

 

 

疑問の数・不満の数だけ増えていくよ~。

 

 

まぁ、疑問をいくら抱えたって、僕一人の力で何かを変えられるわけもないので、受け入れて単位を取るために過ごしてりゃあ、お得意の”慣れ”が出てきて、それなりにストレスなく過ごせるようになりましたけどね。

 

 

あ、そうそう。
高校のときと同様、大学でもサークルとか部活とかには一切入っておりません。(@_@)

 

 

「は?なんでやねん。」
「大学の最大の楽しみってサークルやろ?」
「みんなそれに憧れて大学行くんちゃうの?」
という声が飛んできそうですが、これには僕なりの理由がありましてね。

 

 

大学に入学して一ヶ月ほど経ってから、人生初のアルバイトをやることにしたんですよ。

家の近所にあるファミリーマートに面接に行き、無事合格してバイトが始まりました。

 

 

生まれて初めて、自分が労働することによって自らお金を稼ぐという経験だったため、仕事内容に慣れるまでは、サークルとか部活とかには手を出さないようにしようと思ったんです。

一段落ついてから、体験に行こうかなーって。

 

 

そしたら、見事にタイミングを逃しちゃいましたww

はい、これが僕なりの理由です。(^_-)-☆(うわ、だっせぇ)

 

 

まぁ依然として乃木ヲタやったんで、どっちみちバイトと乃木活で忙しかったから、サークルとかには行けて無かったんでしょうけど。

バイトで稼いだお金は、乃木坂の握手会やらライブやらにほぼ全額費やしましたね。

 

 

僕と同じように、浪人の頃に乃木坂にハマったヲタ友と、東京やら福岡やら静岡やらに遠征したりとか、そいつと岐阜や金沢に旅行に行ったりとか、自由に使えるお金が増えた分だけ、割と大学生を楽しんでおりましたよん♪

 

 

そんな感じの大学生活を送っている最中の大学三年生の12月、人生二回目の大事件が起こります。

 

 

母親が重度の精神疾患を患って、隔離病棟に半年間入院することになったのです。

 

 

だいぶ前から様子がおかしかったりしたんです。

意味不明な言動を繰り返していたり、骨と皮しかないくらいまで痩せこけていたり、急に「お腹が痛い」と言い出し、救急車で運ばれたり。

 

 

そのときから病院には通っていましたし、それが精神的なものか身体的なものかも分かりませんでしたし、年齢的に更年期が訪れる時期とも被ってましたんで、その影響でもあるんかな~と思ったり、しばらくはどうすればいいのかわかりませんでした。

 

 

そうこうしている間にも母親の様子はどんどん悪化しているようで、僕は相変わらず大学に通う日々でしたし、父親も相変わらず単身赴任で大阪にいませんでしたんで、母親は自分の母親、つまり僕のおばあちゃんの家でしばらく様子を見ることになりました。

 

 

おばあちゃんの家にいても相変わらず健康にはならなくて、大阪府内でも有数の大型病院で、全身の検査をしてみることにしました。

 

 

その検査の結果、「身体的には正常である」ということだったので、そこでようやく精神的な疾患だと確信しました。

 

 

そして、僕が三回生の夏に、おばあちゃんの家の近くにある精神病院に入院することになりました。

 

 

しかし、わずか数日経ったときに、「この病院は合わない」とかなんとかの理由で退院しました。

その後も、おばあちゃん家や僕と母親が暮らしてる家の近くのいくつかの病院に入院しましたが、どれも数週間くらいしか持続せず退院してしまいました。

 

 

父親にも母親の状態は知らせており、定期的に大阪に帰ってきてもらい、入院の手続きなどをやってもらってましたが、やはり仕事が忙しいようで、あまり大阪にいることはできなかったです。

 

 

父親の稼ぎがなければ食べていくことさえできないので、仕方ないっちゃ仕方ないんですけどね。。。

 

 

入退院を繰り返している間にも母親の容体は悪化しており、一向に良くなる気配がなかったので、「一回大学病院で長期間入院させた方が良いで。」というおばあちゃんの提案により、大阪市立大学病院に入院させることにしました。

 

 

いざ入院の手続きをしようとしたとき、母親が入院を拒んで暴れまわりました。

今まで見たことがない母親の姿に、言葉が全く出なかったです。。。

おばあちゃんに心配をかけないように平静を装ってはいましたけど、心の中では激しく動揺していました。

 

 

「全然おかしくないからはよ帰ろ!」
「入院なんか絶対せえへんから!」
「おかあちゃん、はよ帰るで!」

そう叫びながら何とか病棟から逃げ出そうとする母親の姿は、僕の寿命が尽きるまで一生忘れることはないでしょう。

 

 

母親の別人のような姿を見ながら、僕は自分の無力感と責任感を感じました。

なんでそんなにひどい状態になるまで、母親に何もしてあげられなかったんやろう。

 

 

人一倍繊細で責任感も強い母親のことなので、僕の大学受験の失敗や父親の借金に関しても、後ろめたさや自責だって感じていたはずです。

つまり、母親がそんな状態になってしまった原因として、確実に僕にも原因が存在していた。

 

 

なのに「大学が忙しい」なんて、適当な理由をつけて逃げていた。

ちゃんと母親と向き合うとせず、苦しんでいる母親を一人ぼっちにしてしまっていた。

つくづく最低な息子やなぁと、自分で自分を卑下します。

 

 

なんとか病院の先生たちが押さえ込んで、半ば強制的に入院させることに成功しましたけど、さすがにこの出来事は衝撃的過ぎて、僕の中に【危機感】というものを呼び起こしました。

 

 

「このままじゃヤバいな・・・」
「俺が何とかするしかないぞ。。。」
「無思考状態で大学に通っててええんか・・・?」
「一応入院費はばあちゃんが出してくれるみたいやけど、いつまでもばあちゃんに頼ってる場合ちゃうしな。。。」

 

 

これまでに感じたことのない【危機感】という感情。

この初めての感情が僕をビジネスの世界へ導くことになるのです。

 

 

ホスト編

 

少し時系列が前後しますけど、母親が初めて精神病院へ入院した大学三回生の夏、僕はアルバイトとしてホストを始めました。

きっかけは、たまたまYouTubeで某有名なロー〇ンドさんを拝見したことです。

 

 

これまで”ホスト”という職業に注目したことがなく、全く予想できない世界でしたが、動画で伝わってくる華やかな世界観と、ロー〇ンドさんのホストとして成功するまでの紆余曲折の人生、トークや人間性で女の人を喜ばせるワークスタイルの影響もあり、”ホスト”という仕事全てが僕には魅力的に映り、「やってみたいな~」と思うようになりました。

 

 

なんばにあるホストクラブに面接に行き、ちょちょっとお話をしてすぐに採用となり(ホストは離職率ハンパないからよほどのことが無い限り採用される)、週に1,2回程度のシフトで働いていました。

 

 

実際にホストをやってみて思ったのは、ものすっごい大変な仕事だということ。

 

 

入店してすぐにテーブルマナーを学ぶんですけど、先輩たちの前だとすんなりと出来るのに、お客様の前だと、お客様の話に集中したり、場の盛り上がりに水を差さないよう注視してると、つい忘れがちになってしまいます。

 

 

「グラスの水滴こまめに拭いてな!」
「テーブルの拭きが甘いぞ!」
「ライターは常に常備しとけよ!」
「アイスペールの持ち方が違うぞ!」
なんてよく怒られたものです。(笑)

 

 

あとは、お客様に聞いてはいけないNG質問なんてものも。

年齢はもちろんのこと、どんな仕事をしているかや担当との関係性なんかもNG。

 

 

仕事に関しては、せっかく非現実を味わいにきているのに、現実に引き戻すのはご法度ということらしく、担当との関係に関しては、お客様がふと我に返って、「あれ?私、この人の何なの?」ってなってしまうのを防ぐためらしいです。

 

 

あとは「キャッチ」ね。。。

お客様をお店に呼んだり、自分の指名客を増やすために、お店の近くの道で通りすがりの女性に声を掛けまくらないといけないんですけど、これがまぁ苦手でしてね。。。(´ー`)

 

 

まず、これまでの人生で女性と会話した回数が圧倒的に少ないという。(笑)

小中高でもそんなに多くなかったのに、大学生になると、国公立大学の理系に所属しているため、周りは男ばっかりで、学部内で女性を見つけること自体レアやったし、僕はサークルにも部活にも入ってなかったから、他の学部生や先輩・後輩との接点も一切なくて、大学生になってから女性と喋った経験がリアルにゼロ。。。

 

 

なので、声を掛けるのがとにかくめちゃくちゃ怖かった(?_?)

いざ声を掛けてみたところで、「えっと、、、、あのぉ、、」「すみません、、、ちょっと、、」みたいな感じで言葉が全く出てこなくて、会話にもならないどころか、不快感を与えるだけっていうね。。。

 

 

平たく言うと、どうしようもないポンコツホストってことっす。

コミュ力が皆無すぎて、自分を呪った(笑)

 

 

ヘルプで先輩方の席に付かせてもらっても、盛り上がってるところに入っていけなかったり、お客様と席で二人きりになったときも、なんとかして全力で盛り上げないといけないのに、全く面白みもない話を続けてしまったり。。。

 

 

能力も才能も何も持っていないことに気付かされましたねぇ。

なんで、自分のお客様をつくることもできず、わずか4ヶ月くらいでクビになってしまいました。

 

 

ほんの一瞬の出来事でしたなぁ・・・・(@_@)

 

 

だけどね。
たった4ヶ月しか続かず、一切の戦力にならなかったけど、ホストやってみて良かったなぁと思います。

それは本当に心から思います。

 

 

普通に生きていたら絶対触れられない世界ですからね。

一本数十万するシャンパンとか、数百万するウイスキーがバンバンオーダーされたり、ナンバー入りしている先輩がブランド物の服とか高級時計をしていたり、社長令嬢みたいなお嬢様と会話出来たり。。。

 

 

僕が生きている世界線には絶対に出現しない現実がいくつもいくつもそこにはあって、貴重すぎる経験ができた4ヶ月間でした。

 

 

僕がいたホストクラブのスタッフさん達がこの人生レポートを読んでいる可能性は0でしょうが、この場を借りてお礼を言っておきます。

本当にありがとうございました!

 

 

ビジネスマン編

 

時系列を戻します。

 

 

母親が長期間の入院をすることになり、父親も相変わらずの単身赴任で大阪にいないため、僕は一時的な一人暮らしをすることになりました。

 

 

三回生ともなると、出席しなきゃいけない授業も全然なく、一週間のほとんどは家に引きこもっていましたし、その頃は仲が良かった友達とも自然と疎遠になっていたこともあり、マジで【孤独】という言葉がぴったりの毎日でした。

 

 

人と会話するのは、バイト先のコンビニの同僚とかお客さんとの応対のときだけで、それ以外は人間と一切の関わりを持っていませんでした。

 

 

みなさんの中には
「一人ぼっちでかわいそう・・・・」
「孤独だなんてつらいね・・・・」
「相当なダメージだったはず・・・・」
なんて思ってくれている方も多いでしょう。

 

 

しかしですねぇ。
僕はみなさんのそんな優しい思いやりを一瞬で吹き飛ばします。(笑)

 

 

一人ぼっちの孤独な生活は
<<死ぬほど快適でした!!!>>

 

 

本当にノーストレス♪
「自由ってこのことか!」
「これをみんな欲しているんだな!」
「なんて素晴らしい毎日なんだ!」
こんな風な歓喜の演説をやりたいレベルww

 

 

母親が病気で苦しんでいる中で幸せを感じるなんざ、地獄に落とされても文句言えないほど腐ってますが(笑)、心の底から自由を謳歌しておりました。(●´ω`●)

 

 

そして、この【孤独】の期間があったからこそ、僕はネットビジネスと出会えたのです!

 

 

実は、”ネットビジネスでお金を稼ぐ”ということ自体は、大学一年のときに既にやっていました。

オプトインアフィリだったり一般的なアフィリだったり。。。

 

 

教材を買って、そのノウハウ通りにやっていたので、オプトインではMax50万、アフィリではMax200万を月に稼いでいましたが、あえて上記しなかったのは、ビジネスと言うにはあまりに稚拙だったからです。

 

 

労働集約型ですし、時代が変われば通用しなくなるような、個別具体的なノウハウ。。。

また、稼いだお金も、ヲタ活に突っ込みまくってゼロにするという・・・・(~_~)

 

 

<バカが金を持つダメな例>みたいになったので、みなさんに悪影響だから書かないでおきました。

ここからは、本気でビジネスと向き合うことを決めた僕のお話です。

 

 

一定期間、自分以外の人間との関わりを断つと、自分自身と向き合う時間が必然的に増えます。

人付き合いが多ければ多いほど、意識や関心や視線、耳を傾ける対象も他者になってしまい、それらを内側、つまり自分へと向ける時間が減ってしまいます。

 

 

自分の価値観や目標、時間の使い方まで自分以外の人間を参考にして意思決定してしまうため、結果として、言語化できない違和感を感じたまま生きて行くのです。

 

 

僕は偶然ではありますが、一人きりで過ごす毎日が半年ほど続いたために、自分の心の声に耳を澄まし、自分の将来について自分の頭でじっくり考えることができました。

 

 

「俺って何がやりたいんやろう?」
「就職?いや、それだけは絶対嫌やな。。。」
「親父の借金も母さんの治療費もあるし、公務員とかサラリーマンをやってても解決せえへん。」
「今俺が感じてる危機感も、お金があれば解決することは自明….」
「何とかお金持ちにならなければ….!」
「そのためには労働者じゃ論外やな・・・・」
「一体どうすればええのか。。。」

 

 

こういった自問自答を含む、自分の脳内での十分な議論がその半年間でできました。

 

 

仮に友達に相談していたとしても、「才能ある奴しか金持ちにはなられへんねん。」「夢見んと普通に就職するのが一番じゃね?!」なんて言われるのが関の山ですし、自分の芯を持ち合わせていなかった僕なら、「それもそうやな。就職しよーっと。」って簡単に流されてたやろうし・・・・

 

 

「不幸は人生を変えるチャンス」なんてよく聞きますが、身をもって僕はそれを学びましたね。

 

 

【労働以外のお金の稼ぎ方をしなければ!】
そう結論付けた僕はリサーチを開始しました。

 

 

GoogleやYahoo!なんかの検索エンジンや、TwitterやFacebook、InstagramといったSNS、地元の図書館や都会の大きな本屋さんなど、当時の僕のスカスカの脳みそで考え得るあらゆる方法を使って鬼リサーチをしました。

すると、あるTwitterのアカウントと出会いました。

 

 

これが僕の運命の出会いでした。

 

 

そのアカウント名を仮に”W”さんとします。

Wさんのプロフィールには、【月収3000万円】とか【年収3億超え】とか、いかにもな煽りっぽい実績が書かれてあって、最初それを見たときは、「自分を大きく見せとるな。」「どうせ詐称した実績なんやろうけど。」と疑って受け流しておりましたけど(笑)、Wさんの日々のツイートが妙に具体的で
わかりやすくてビジネスに造詣が深い内容で、最初は適当に眺めていたくらいでしたが、いつしか真剣にツイートに目を通すようになり、気付けばWさんの無料メルマガに登録しておりました。

 

 

「いや、お前ちょろいな!」「もっと慎重になった方がええやろ?!」って思った読者さんも多いでしょうが、「もっとこの人の情報発信に触れたい!」って思わせてくれるくらい、Wさんのツイートがおもしろかったのでしょうがないっす。(笑)(^J^)

 

 

それから毎日Wさんからメルマガが送られてくるわけですが、これがまたおもしろい。

Twitterよりもさらに突っ込んだ話をしていたり、なぜ【年収3億】に至るまでになったのか、Wさんの成功ストーリーが詳細に語られていたり、ビジネスに関する豊富な経験談も紹介してくれていたり、本当に飽きさせないというか、勉強しているのに勉強している気にならないほど、読み物としてWさんのメルマガはおもしろかったです。(#^.^#)

 

 

今の僕が自ら進んで勉強をしているのも、そんなWさんの情報発信を読んでいたおかげでしょうね。。。♪

 

 

Wさんのメルマガを読んでいる内に、ビジネスに関する知識はどんどん増えていき、「ネットビジネスで生きて行きたい!」と思うまでになっていました。

 

 

全くの無知ならば問題外ですけど、知識を少しでも脳みそに入れると、知的好奇心がどんどん高まってきます。

そのときの僕はまさしくそんな感じでした。

 

 

1ヶ月ほどWさんのメルマガを読み続けている内に、ある案内のメールが送られてきました。

それは、Wさんが販売している有料の教材についてでした。
価格は49,800円。

 

 

死ぬほど迷いましたねぇ。。。

お金そのものは用意できました。
母親が長期入院するタイミングで、僕が我が家のお金を管理するようになっていたので。
(当然、父親に任せるのは眼中になかったっすw)

 

 

問題はそこではなくて、人生の中でインフォ商品を買った経験が一度たりともなかったですし、周りの人たちにもそんな経験をした人はいなくて、全く想像がつかなかったことです。

 

 

一切経験がないもの・イメージできないものに対しては、人は怖さを感じるのが常です。

「インフォ教材ってどんな感じなんやろう….?」
「Wさんのことは今更もう疑ってないけど・・・・」
「もし、期待外れとかやったらどうしよ?!」
そんな悶々とした気持ちがしばらく続きました。

 

 

一週間くらい悩みに悩んだ結果、意を決して購入してみることにしました。

 

 

確かに、まだ完全には怖さが消えてはいませんでした。

しかしここで買わなかったら、僕の人生は今後二度と軌道修正できないやろう。
違和感を抱えながら生きて行く人生から逃れられないだろう。
それだけは確実でした。

 

 

購入してみる怖さよりも、人生の「ここや!」ってポイントを逃してしまう怖さの方が、僕の中で大きくなっていたのです。

 

 

ビクビクしながらも決済を済ませ、いざ教材が手元に届き一通り目を通してみると、つくづく購入してよかったなーと、何度も何度も思いましたね。

 

 

「あのレベルの知識・情報・スキームが手に入るなら、49,800円は死ぬほどお得やな~。」
って断言できるほど素晴らしいものでした。

 

 

その後も何回か有料教材の案内が来て、おすすめされた教材をほとんど全て購入した結果、その総額が100万円を超えていました。

 

 

ほとんどの人にとっては、頭がおかしい行動のように思われるでしょうが、購入した全ての教材が値段以上でしたし、確実に僕の人生を変えてくれました。

 

 

金銭感覚は人それぞれなので一概には言えませんが、100万円で人生が変えられるのならば、僕はかなりお買い得だと思います。

 

 

大げさな表現でもなく、寝ている時間以外は全てWさんのメルマガを読むか、Wさんから購入した動画教材を観る生活でした。

のめり込んでいたわけですねぇ。(;・∀・)

 

 

そのおかげもあって、今の僕は【ネットビジネスのプロフェッショナル】と言っても過言ではないレベルにまで成長することができました。

 

 

事実、2020年7月時点での僕の月収は2000万を超えていますし、2019年度の僕の年収は1億overですから・・・・♪

しかも、1日2,3時間の仕事時間でね。。。

(現実味無さ過ぎて信じられないでしょうけどね….ww)

 

 

とんでもない実績のように見えるでしょうけど、教材で習ったことを、その通りに取り組んだだけですよ?

いわば、”パクリ”ですな!

 

 

それでこれほどまでの金銭的余裕なんですから、やっぱりこの世は知識ゲーですわ。。。(*´▽`*)

知ってるか知らないかの差のみ!!

 

 

<<個人の成長>>
というフェーズはクリアできましたんで
次は
<<他者のために活動する>>
という段階に入っていきます。

 

 

僕がブログ、メルマガ、Twitterを力入れてやっているのも、僕の情報発信をきっかけとして、「誰かに支配された人生なんか嫌や!」「自分の人生は自分で切り開いていく!」という心持ちとなり、実際にアクションを起こしてくれる人が一人でもたくさん現れてほしいからです。

 

 

これからも<<自分以外の誰かの人生>>がもっともっと良くなるように、アウトプットとインプットを続けていきますので、どうかよろしくお願いいたします!!

 

 

おわりに

 

 

以上が僕のこれまでの人生の全てです。

 

 

いかがでしたかね?

長かったでしょう??(笑)

これでも削った方なんですけど。(*’▽’)

 

 

人間の人生って、自分が思っているよりもはるかに濃い~ものなんですよ。

 

 

僕の人生はこんな感じでしたけど、きっとあなたの人生だって、0から100まで全て文字にしてみると、これと同じかそれ以上の長さになると思います。

 

 

【つまらない人生を歩んでいる人なんていない】
僕が大事にしている言葉・価値観です。

 

 

本当にそうですもん。
自分で勝手に過小評価しているだけでね。。。

 

 

今回は僕が一方的に僕の人生をご紹介してみましたけど、今度はぜひあなたの人生も読んでみたいなぁと個人的に思っております。( ̄▽ ̄)

 

 

この”人生レポート”が、僕への不信感の軽減に少しでも役立つことを切に願っております♪

 

 

僕に多少の興味を持ってくれた方は、僕が運営している他のメディアにも触れていただきたく思います。

 

 

ここまで読んでいただいてありがとうございました!
ハヤトでした。

 

 

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